能楽とは
「能楽」は、「能」と「狂言」からなる古典芸能です。
古くは「猿楽」と呼ばれ、「能楽」の名がつけられたのは明治時代以降のことです。
600年以上の歴史を経て、海外でも高い評価を得ています。平成13年5月18日には、ユネスコ世界無形遺産に登録されました。
能は室町時代に観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)という父子により大成されたと伝えられています。
観阿弥・世阿弥は従来の芸能の良さを取り入れた上で、ストーリーのある演劇を作り上げました。現在、舞台で演じられている能の曲は、この当時の観阿弥、世阿弥が書き残したものとほとんど変わらず謡われています。
能が600年以上もの間ほぼ姿を変えず現在まで受け継がれてきたのは、各時代の大名が能を愛好していたからです。まず最初に観阿弥、世阿弥の能に魅せられたのは、金閣寺健立などで有名な足利義満です。その後も各大名が能を愛好していきます。そんな中、とりわけ豊臣秀吉は能好きで、ついには自らの武勇伝をもとにした能を秀吉自身が演じる程でした。
徳川家康の時代になるとますます能の権威が高くなり、幕府の「式楽」として扱われるようになりました。
明治時代以降は、江戸時代の大名制がくずれた結果、幾多の苦難を迎えることとなります。しかし鎖国が解け、外国の文化が入ってくるようになったことで、日本の文化の見直しも始まりました。岩倉具視は能を「能楽」という表現に変え、世界に誇る文化として紹介しました。
能に登場する役者
- シテ
主人公。前半・後半に分かれている能では前半を「前シテ」、後半を「後シテ」と呼びます。
前後が別の人物の設定のほか、前後が同一人物(前が化身で後が亡霊本体、前後が別人格など)の設定もあります。
シテを演じる専門の役者を「シテ方(かた)」といい、「観世流」「金剛流」「宝生流」「金春流」「喜多流」の五つの流派があります。 - シテツレ
シテの従者や、準主人公として扱われる人物。シテ方が演じます。 - ワキ
シテの相手役。現実の男性として登場します。旅の僧、シテと対立する役などがあります。
ワキを演じる専門の役者を「ワキ方」といい、「高安流」「福王流」「宝生流」の流派があります。 - ワキツレ
ワキの従者。ワキ方が演じます。 - アイ
前シテが舞台から去って後シテとして登場するまでの間に、村人や役人として登場し、前半のストーリーをおさらいして後半へつなぐ役です。
「間」と表記することもあります。 - 囃子(はやし)
能の始まりの合図や舞台のバックミュージックを演奏します。
笛・小鼓・大鼓の三人、またはそれに太鼓を含めた四人で構成されます。
・笛(ふえ)…能管(のうかん)という竹製の横笛を用いてメロディーを奏でます。「一噌流」「森田流」「藤田流」の流派があります。
・小鼓(こつづみ)…子馬の皮で出来ていて、やわらかな音を発する。「幸流」「幸清流」「大倉流」「観世流」の流派があります。
・大鼓(おおつづみ)…小鼓より高く鋭い音を発する。「葛野流」「高安流」「大倉流」「石井流」の流派があります。
・太鼓(たいこ)…牛の皮で出来ていて、主に曲の後半部分で活躍します。「観世流」「金春流」の流派があります。
以上の各役者は専門職のため、シテ方がワキを演じたり、狂言方が囃子を演じたりすることはありません。 - 地謡(じうたい)…斉唱団。状況の説明やシテの気持ちなどのナレーションをつとめます。
- 後見(こうけん)…舞台上でシテの面倒を見ます。(小道具の出し入れ、着替えの手伝いなど)
能面
能面は、シテ方(かた)という主役を演じる役者が用います。
性別、年齢、人間かそうでないかなどによってさまざまな種類の能面を使い分け、60種類の能面があればほぼ全ての演目を上演することができると言われていますが、細かく分類すると約250種類もの能面が伝わっています。
上を向いた時(面を照らす)と下を向いた時(面を雲らす)では、光の当たり方によって笑っている顔や悲しんでいる表情にも見えるように工夫されて作られています。
能装束・扇
能舞台では、役者は能装束という豪華絢爛な着物を着て舞台の上に立ちます。
女性や武士、神、妖怪、などの役柄に応じて異なる能装束が使用されるだけでなく、着付け方の違いによって役柄の違いを表現することもあります。特定の演目にしか使用されないものもあります。
扇には練習用、能のシテが使用する中啓(扇を閉じたときに先が半開きになっているもの)、仕舞用、地謡用などの種類があり、扇もまた様々な模様のものが役柄に応じて使い分けられます。
装束と扇は流派によっても模様や柄が異なります。
狂言は能と同じく室町時代に舞台芸術として確立しました。能は貴族や武家などの教養として受け入れられましたが、狂言は名もなき役人や町人が主人公であり、風刺を交え笑いを誘う物語展開から、民衆に広く受け入れられました。現在では「笑いの芸術」ともいわれ親しまれています。
独立した物語である「本狂言(ほんきょうげん)」と、能の曲中に登場し、前半から後半へと場を動かす「間狂言(あいきょうげん)」があります。
「和泉流」「大蔵流」の二つの流派があります。
狂言に登場する役者
- シテ…主人公。能のシテと違い、固有の人物ではなく、太郎冠者、山伏、大名などの肩書きで紹介されることがほとんどです。
- アド…主人公の相手役。こちらも狂言のシテと同様、ほとんどの演目に決まった名前はありません。
狂言面
狂言の多くの演目では面が使用されず、直面(ひためん)で演じられますが、狂言にも専用の面があります。
猿や狐などの動物、茸の精、神や鬼など、人間以外のものが登場する際には狂言面が使用されます。
能舞台について
能舞台の特徴
能や狂言では、演劇と違って舞台上のセットや小道具はほとんど使用しません。場所や登場人物の行動はすべて謡《うたい/登場人物のセリフやナレーション》で説明されます。
また、マイクやスピーカーも使用せず、話し声も楽器の音も、全て生の音声です。
能舞台の松
能舞台の背面の板は「鏡板《かがみいた》」といい、必ず老松が描かれています。これは奈良県春日大社の「影向(ようごう)の松」の前で春日大明神が舞を舞ったという伝説に基づいています。
平和市民公園能楽堂の松は、杵築市出身の故・田川奨氏によるものです。
また、能舞台では舞台装置を使用しないため、四季を通じてどこにでもある常緑樹の松を描くことで、唯一の舞台背景としての役割も持っています。
能舞台の名称
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- 鏡板(かがみいた)
老松が描かれています。古くから老松には神が宿ると言われており、奈良県春日大社の影向(ようごう)の松の前で舞を奉納したことに由来しています。
演者の声や楽器の音を客席にはね返す音響板としての役割も持っています。向かって右側(切戸側)には若竹が描かれています。 - 笛柱(ふえばしら)
笛方の座る位置の近くにあることからこの名前で呼ばれます。
「道成寺」で釣鐘を釣るのに使用する環があります。 - 切戸(きりど)
地謡や後見が出入りします。 - 御簾の間(みすのま)
昔は高貴な身分の人が能を鑑賞する際、この御簾の間から鑑賞していました。
現在は出演者の師匠や親族が使用することがあります。 - 地謡座(じうたいざ)
地謡が2 列に並んで座ります。 - ワキ柱(わきばしら)
シテの相手役を演じるワキがこの柱の近くに座ります。 - 階(きざはし)
能舞台が屋外にあった時代の名残で、寺社奉行が舞台開始を命じる際に用いられました。現在の演技で使用することはありません。 - 白洲(しらす)
能舞台が屋外にあった時代の名残です。白い玉砂利が敷かれており、日光を反射して舞台上を照らす照明装置の役割を持っていました。 - 目付柱(めつけばしら)
能面をつけて狭まった演者が、演技をする際にこの柱を目印とします。角柱(すみばしら)とも呼ばれます。 - 揚幕(あげまく)
演者が出入りする際に手動で上げ下げします。内側には、シテが能面を付けて登場の準備をする「鏡の間」があります。 - 橋掛り(はしがかり)
演者が出入りする際に通る道でもあり、演技でも用いられます。この世とあの世の境目を表しています。
橋掛かりに沿った松の木は、舞台に近い方から順に一の松、二の松、三の松といい、舞台から遠くなるほど小さくなっています。
これによって舞台空間で遠近感を演出しています。 - シテ柱(してばしら)
舞台に登場したシテは、この柱の横を拠点とします。 - 後座(あとざ)
囃子方と後見が座ります。
右から順に笛、小鼓、大鼓、太鼓の順に座り、左手奥にはシテの世話役をつとめる後見が控えます。